2010年に東京学芸大学の紀要で公表されたレビュー論文は、自閉スペクトラム症やADHDのある人が経験したいじめに関する複数の先行研究を整理しています。「93%」「84%」という数字も、その中で紹介された特定の対象集団の調査結果です。
数字を正しく読むには、調査対象と方法を確認したうえで、いじめの早期発見と学校の組織的な対応へつなげることが重要です。
「発達障害と不適応」問題の研究動向と課題
参照する論文は、横谷祐輔・田部絢子・石川衣紀・髙橋智「『発達障害と不適応』問題の研究動向と課題」(2010年)です。発達障害のある子どもの学校不適応、いじめ、虐待、非行などに関する先行研究をまとめたレビュー論文です。
「93%」は自閉スペクトラム症の対人行動分類に関する先行研究、「84%」は成人の当事者団体会員が子ども時代を振り返った調査として紹介されています。調査年代、対象者、いじめの定義が異なるため、それぞれの条件とセットで読む数値です。
論文の目的は、学校不適応、養護問題、非行問題などに関する研究を整理し、今後の検討課題を示すことです。各数値は「誰を対象に、いつ、どの方法で調べたか」と合わせて確認し、診断名ではなく、本人の変化や学校で起きている事実から支援の必要性を判断します。
論文公表から16年が経過し、いじめの認知方法、特別支援教育の体制、診断基準も変化しています。現在の状況を把握するときは、新しい学校調査や相談記録と組み合わせ、過去研究はリスクへ早く気づくための資料として活用します。
発達障害といじめについて
発達障害のある子どもは、対人関係や感覚、言葉の受け取り方、衝動性などの違いから、誤解や孤立を経験することがあります。ただし、いじめの責任は被害を受けた子どもの特性にあるのではありません。いじめる行為と、それを許す集団・環境への対応が必要です。
「発達障害があるからいじめられる」と決めつけると、被害の見逃しや本人への責任転嫁につながります。本人の言葉だけでなく、登校しぶり、持ち物の紛失、睡眠や食欲、表情の変化なども確認します。
いじめは、本人が苦痛を感じているかどうかを基準に丁寧に確認する必要があります。からかい、無視、仲間外れ、物を隠す行為のほか、オンライン上のやり取りも含め、周囲には「遊び」に見えても本人が苦痛を感じていることがあります。コミュニケーションの受け取り方に違いがある場合は、抽象的に「嫌なことはなかった?」と聞くだけでなく、場面や相手、言葉、身体への接触を具体的に確認します。
自閉スペクトラム症といじめについて
「積極奇異型の93%」は、レビュー論文が引用した一つの先行研究の結果です。「積極奇異型」は、積極的に人へ関わる一方で、相手の反応や距離を捉えにくいといった対人行動を説明するために使われてきた分類です。
従来、対人関係の現れ方を「孤立型」「受動型」「積極奇異型」などと説明することがありました。積極的に人へ近づく、相手の反応を読み取りにくい、自分の関心を一方的に話すといった様子を表すために使われた言葉です。ただし、人の様子は年齢、環境、相手、体調によって変わり、単一の型で固定的に説明できません。距離の近さや会話の行き違いを見つけても、それを被害の原因として本人へ押し返してはいけません。
この数字を「自閉スペクトラム症の子どもの93%がいじめられる」と読み替えることはできません。対象となった集団、調査方法、時代背景を限定して理解する必要があります。
ADHDといじめについて
「ADHDの84%」は、成人の当事者団体会員に子ども時代のいじめ体験を尋ねた研究の値です。衝動的な発言や順番を待つ難しさが対人トラブルにつながる場面では、本人への声かけと同時に、周囲のルールや見守り体制も整えます。
この調査では、深刻ないじめについて「死んだ方がまし」と感じた経験も尋ねています。過去を振り返る成人会員への調査という性質を踏まえつつ、被害が長期にわたって心の健康へ影響し得ることを示す資料として受け止める必要があります。
本人への支援に加えて、学級でのルール、教員の観察、相談しやすい窓口、傍観を減らす指導など、環境側の取組が必要です。
他の統計ではどうなのか
発達障害といじめに関する調査は、対象、質問、診断の有無、本人回答か保護者回答かによって結果が異なります。複数の図表を比べる場合も、分母と調査年が同じかを確認しなければなりません。
海外研究と国内研究を比べるときは、学校制度、いじめの定義、回答者を確認します。「からかわれた」「継続的ないじめを受けた」「仲間外れになった」は別の設問であり、本人、保護者、教師の誰が回答したかによっても認知率が変わります。

掲載図では、発達特性のある群でいじめや仲間外れの経験割合が高く示されています。この差は、休み時間や集団活動での孤立、持ち物の紛失、登校しぶりなどを早めに確認し、学校の見守りと支援につなげる手がかりになります。

いじめや仲間外れにあわないために出来ることは
最初に行うのは、子どもの特性から「原因行動」を探すことではなく、安全の確保と事実確認です。本人の話を否定せずに聞き、日時、場所、相手、周囲の大人、学校へ伝えた内容を記録します。緊急性がある場合は、学校だけでなく教育委員会や警察、相談機関へつなぎます。
話を聞くときは、「なぜ言い返さなかったの」「あなたにも原因があるのでは」と問い詰めず、話してくれたことへの感謝と、守るために一緒に動くことを伝えます。本人が一度に説明できない場合は、選択肢、絵、メモ、時系列表など使いやすい方法を選びます。記録は責任追及のためだけではなく、場所や時間帯の傾向を見つけ、具体的な安全策を相談するために使います。
学校へ伝える際は、担任一人に任せず、管理職、生徒指導、特別支援教育コーディネーター、養護教諭などを含む組織的な確認を求めます。聞き取りの方法、当面の安全確保、保護者への連絡、再発確認の時期を共有してください。対応後も本人へ繰り返し説明を求めて負担を増やさないよう、関係者間で記録を引き継ぎます。
SSTは、断り方、助けの求め方、気持ちの伝え方などを練習する一つの方法です。しかし、いじめを受けた本人にSSTを受けさせるだけで解決しようとしてはいけません。加害行為への指導、学級環境、教員間の情報共有を同時に見直します。
練習する場合も、「いじめられない振る舞い」を本人に身につけさせるという考えではなく、危険な場面から離れる、信頼できる大人へ伝える、自分の意思を表す選択肢を増やすために行います。実際の被害場面を再現することが強い苦痛になる場合は中止し、心理職などへ相談します。
- 本人が安心して話せる大人を決める
- 困った場面を具体的に記録する
- 席、休み時間、登下校など場面ごとの安全を確認する
- 学校から対応内容と見直し時期を説明してもらう
- 本人の負担が大きいときは医療・心理・福祉機関にも相談する
メンタルヘルス(心の健康)支援の重要性
いじめや孤立が続くと、不安、抑うつ、不登校、自傷などにつながることがあります。発達障害の有無にかかわらず、気分の落ち込み、眠れない、食べられない、「消えたい」と話すなどの変化がある場合は、早めに専門機関へ相談してください。
「元気に見える」「学校では問題なく過ごしている」という説明だけで安心せず、帰宅後の疲労、頭痛や腹痛、好きだった活動への関心、睡眠、食事の変化を確認します。保護者だけで抱え込まず、学校の相談窓口、教育相談、医療機関、公的な相談窓口を利用してください。生命や身体に差し迫った危険がある場合は、通常の予約を待たず緊急の支援につなぎます。
当協会のメンタルヘルス支援士は心の健康と支援の基礎を学ぶ民間資格です。心の健康に深刻な変化がある場合は、医療機関や公的相談窓口へつなぎます。
【まとめ】93%・84%は現在の全体割合ではない
「93%」「84%」は2010年のレビュー論文が紹介した、対象の異なる先行研究の数値です。大切なのは数字の大きさだけではなく、発達障害のある子どもが示す小さな変化に早く気づき、安全確保と学校の組織的対応につなげることです。
本人の特性を責めず、安全確保、学校の組織的対応、環境調整、相談先への接続を進めてください。
情報確認日:2026年10月20日。出典:東京学芸大学紀要「『発達障害と不適応』問題の研究動向と課題」、文部科学省「生徒指導提要」。
