何度伝えても同じことが起きる。悪気がないのは分かっている。それでも、その人と仕事をした日は、家に帰ってから何もできない——。
職場は、家庭と違って相手を選べません。担当も、席も、会議の時間も決まっています。逃げ場が少ないぶん、消耗は早く進みます。
この記事では、実際に職場でこの状態になった方の記録をもとに、何にいちばん疲れているのかを整理します。先にお伝えすると、疲れの原因は相手の言動だけではありませんでした。
たとえば、この記事では次のことが分かります。
- 職場のほうが、家庭より消耗が早く進む理由
- 「相手」より腹が立つと書かれていたこと
- 気づいたきっかけが、体の変化だった人の記録
- 職場で実際にとられていた、距離の取り方
>カサンドラ症候群は職場でも起こる|ASD傾向のある同僚に消耗したら
職場のほうが、逃げ場が少ないぶん早く進みます
自閉スペクトラム症(ASD)の特性について、国立障害者リハビリテーションセンター「発達障害情報・支援センター」は、大きく「相互的な対人関係の障害」と「興味や行動の偏り」の2つに整理しています。言葉の裏にある意図をくみ取りにくい、表情や声の調子から気持ちを読み取りにくい、といったことがここに含まれます。
つまり、伝わらないのはあなたの伝え方が悪いからではなく、受け取り方そのものが違うためです。ここまでは、家庭でも職場でも同じです。
職場では、特性がこういう形で現れます
特性の説明は抽象的になりがちなので、職場の場面に置き換えておきます。いずれも「本人にその気がない」という点が共通しています。
- 言葉どおりに受け取る|「なるべく早めに」が伝わらず、期限を切ると動く
- 暗黙の了解が入らない|その場の空気や、言われていない前提を読み取りにくい
- 手順の変更に弱い|決まったやり方があると安定するが、急な差し替えで止まる
- 同時に複数を扱いにくい|1つずつなら進むが、並行すると抜けが出る
- 感覚の負担が大きいことがある|音・光・においで、集中が続かない場面がある
ここで大事なのは、これらが「能力が低い」という話ではないことです。条件がそろえば、むしろ正確で粘り強い仕事をする方が多くいます。噛み合っていないのは、本人の力ではなく、仕事の渡し方のほうです。
ただ、この説明を知っても、こちらの疲れが減るわけではありません。「悪気はない」と分かることと、毎日の消耗が軽くなることは別だからです。
そして、家庭とはっきり違うところがあります。
| 項目 | 家庭の場合 | 職場の場合 |
|---|---|---|
| 距離 | 部屋・時間帯を分けられる | 席も担当も決まっている |
| 関わる理由 | 生活 | 成果に責任がある |
| 相談相手 | 第三者に話せる | 同じ職場の人にしか状況が分からない |
| 終わり方 | 別居・離婚という選択肢がある | 異動・退職。どちらも自分では決められない |
いちばん下の行が重いところです。家庭であれば距離を置くことを自分で決められますが、職場では人事が決めます。「もう無理だ」と思ってから、実際に離れられるまでに時間がかかります。
腹が立っていたのは、相手にだけではありませんでした

職場での関係について書かれた記録を読むと、意外な一文がありました。
部下が無診断だが、特性が出ており、注意しても変わらず、忘れてしまう。気がつかないなどで、疲れてきた
部下との関係についての回答です。ここまでは、よく語られる形だと思います。同じ方が、ストレスを感じる点として書いていたのが次の一文でした。
部下本人にもあるが、他のスタッフが、私ばかりに任せる部分にも腹が立つ
相手ではなく、「周りが自分に任せてくること」に腹が立つ、と書かれています。
これは、家庭のケースにはあまり出てこない形です。職場では、「あの人の対応はあなたが上手だから」という言い方で、担当が1人に寄っていきます。本人に悪気はなく、むしろ評価しているつもりのことも多い。その結果、逃げ場がさらに狭くなります。
自分に子供がなつかず、私がその子がべったりでニコニコたのしそうにしていると「担任がいるのになぜあなたのそばで楽しくしてるの?」「何か特別な事をしてるからだよね」「教えと」と言われたりしていた。
保育の現場で、同僚との関係について書かれた回答です。責められているわけではありません。むしろ教えてほしいと言われている。それでも、毎日この形で問われ続けることが消耗になっています。
この2件から言えることを整理します。
- 消耗の原因は、相手の言動と「周囲の配分」の2つある
- 周囲に悪気はないため、こちらから言い出しにくい
- 相手の対応だけを工夫しても、担当が寄り続けるかぎり減らない
3つめが大事です。この状況で必要なのは、相手への接し方の改善だけではなく、担当の配分を戻すことです。これは上司や管理者に伝えるべきことで、あなたが1人で抱える種類の問題ではありません。
なぜ、担当が1人に寄っていくのか
職場でこれが起きる理由は、はっきりしています。うまく対応できる人がいると、そこに任せるのがいちばん早いからです。組織としては合理的な判断で、悪意はありません。
ただ、その合理性はあなたの体力を計算に入れていません。そして、うまく対応できているように見えるほど、周囲は「この人は苦にしていない」と受け取ります。実際には、その人がいちばん消耗しています。
もうひとつ、言い出しにくくさせているものがあります。「配慮が必要な相手を避けたいと言っているように聞こえるのではないか」という気がかりです。これは杞憂ではなく、実際にそう受け取られることもあります。
だからこそ、伝えるときは相手の話をしないでください。「この業務の◯割が自分に集中している」「そのぶん残業が増えている」——業務量の話にすれば、配慮の是非とは切り離せます。数字を1つ添えると、さらに扱いやすくなります。
とはいえ、この話を切り出すには「自分がどのくらい消耗しているか」を自分で把握している必要があります。そして、それに気づいた経路が、記録のなかでははっきりしていました。
気づいたきっかけは、体の変化でした
過去にお付き合いしていた方がアスペルガーのグレーで当時も最終的に自分がボロボロになって別れ、その時の人に部下が似ており、意思の疎通が取れないけど、どうにか変えさせようとしている自分がいて、気付いたら前と同じような精神状態に自分がなっていた事から
部下との関係についての回答です。「どうにか変えさせようとしている自分がいて」——ここが折り返し地点になっています。相手を変えようとしている状態が続くほど、自分の消耗が進んでいます。
同じ方が、体に出た変化として書いていたのが次の記録です。
部下と仕事した日は、帰宅後、私の飲酒量が増え、寝ている時に寝言で叫び声をあげるようになった。また、会話をしていると、話が通じないためこめかみあたりが痛むようになり、最終的に、怒りを感じると、顔が左右に揺れるようになりました。
「部下と仕事した日は」と、日によって差が出ることが記録されています。気持ちの問題として扱っているうちは見えませんが、体は日単位で反応していました。
別の方は、頭痛と寒気、そして「全て自信がなくなり」という形で書いていました。職場の関係でも、影響は仕事の場面だけにとどまりません。
体験談は、個人が特定されないよう一部の表現をぼかしています。内容は変えていません。
>カサンドラ症候群の症状|心より先に、体に出た人が多数でした
実際にとられていたのは、距離の調整でした
では、何をしていたか。記録に書かれていた工夫は、どれも相手を変える方向ではありませんでした。
このかたの何が悩んでいるのかをしりながら、気持ちをすこしでも理解しょうと頑張りました。我慢すると自分自身が巻き込まれてしまうので必要以外ははなしをしない様にしときた。
保育の現場での回答です。前半と後半が、両立しています。相手を理解しようとすることと、話す範囲を限ることは、矛盾しません。「我慢すると自分自身が巻き込まれてしまう」という一文が、その理由になっています。
職場の同僚が発達障害だと直感したため、なるべく関わらないことでカサンドラ症候群防止に努めることに専念
医療の現場で働いている方の回答です。「防止に努める」——起きてから対処するのではなく、起きないように距離を先に決めています。
職場でできる距離の取り方を、整理しておきます。
| 調整するもの | 具体的にやること |
|---|---|
| 話す範囲 | 業務に必要な用件だけにする。雑談で関係を良くしようとしない |
| 伝える手段 | 口頭ではなくメール・チャット・手順書にする。記録が残り、言った言わないが起きません |
| 担当の配分 | 上司・管理者に、担当が1人に寄っていることを事実として伝える |
| 終わらせ方 | その日の関わりを、時間で区切る(会議の終了時刻を先に言う など) |
2行目は、家庭でも同じことが起きています。口頭より文字のほうが通りやすいのは、表情や声の調子が情報に混ざらないためです。職場ではメールやチャットが最初から使えるぶん、家庭より取り入れやすい方法です。
相手を「発達障害だ」と決めないほうが、話が通ります
最後に、実利のある話をひとつ。
同僚や部下に発達障害の診断があるかどうかを、こちらが判断することはできません。そして、判断する必要もありません。この記事に出てきた記録も、多くは「無診断だが」「直感したため」という書かれ方でした。
職場で「あの人は発達障害だ」と口にすることには、実害もあります。本人の同意なく特性を話題にすることは、ハラスメントや個人情報の扱いの問題になり得ます。
知識は、相手を分類するためではなく、自分の状態を測るために使ってください。あなたが上司や人事に伝えるべきなのは、相手の診断ではなく、「この業務の担当が自分に寄っている」「その日は体調に影響が出ている」という事実です。
働いている方の相談先としては、厚生労働省「こころの耳」に電話・SNS・メールの窓口がまとまっています。職場の外の相談先として使えます。
>カサンドラ症候群の対処法|距離を置くのは、あきらめではありません
メンタルヘルス支援士について
ここまで、職場でこの状態になったときに何が起きているのかと、実際にとられていた距離の調整をご説明してきました。
こうした理解を深めることと合わせて、ご家族や職場の同僚、支援の現場で働く方々の間でも、メンタルヘルスへの理解を深めるための学びが広がっています。
当協会が認定する「メンタルヘルス支援士」は、精神疾患の基礎知識、大人の発達障害、認知行動療法、傾聴を中心としたカウンセリングの基本姿勢などを、体系的に学べる民間資格です。2026年には「日本の資格・検定AWARDS 2026」の総合アクセス数部門で第2位に選ばれました。
資格の有無が支援の基準になるものではありませんが、身近な人と日々関わる方が、専門的な知識を身につける選択肢の一つとして知っていただけたらと思います。
Q&A|ASDの同僚との関係に関するよくある質問
Q1:相手に診断がなくても、当てはまりますか?
当てはまります。この記事で紹介した職場の記録も、「部下が無診断だが」「発達障害だと直感したため」という書かれ方でした。相手に診断がついているかどうかは条件ではありません。むしろ診断がないほうが、周囲に説明しづらく孤立しやすくなります。
Q2:上司に相談したいのですが、何と言えばよいですか?
相手の特性ではなく、業務の配分と自分の状態を伝えてください。「◯◯さんの対応が自分に集中している」「そのぶん残業が増えている」「先月から睡眠に影響が出ている」——これらは事実として扱えます。相手を「発達障害ではないか」と伝えると、話が診断の有無に移り、配分の問題が残ります。
Q3:異動や退職を考えるのは、逃げでしょうか。
逃げではありません。ただし順番があります。体に影響が出ている状態で大きな判断をすると、あとで後悔しやすくなります。先に、①出ている症状を記録する ②必要なら受診する ③担当の配分を上司に伝える、の3つを試してください。それでも変わらないときに、異動や退職を検討する順番です。
Q4:自分の関わり方が悪いのでしょうか。
関わり方を変えると通りやすくなる場面はありますが、それは「悪かった」という意味ではありません。口頭から文字に変える、話す範囲を業務に限る、といった調整は、相手の受け取り方に合わせて手段を変えているだけです。なお、記録のなかには「変えさせようとしている自分がいて」消耗が進んだと書かれたものがありました。工夫の方向は、相手ではなく自分の側に置いてください。
Q5:どこに相談すればよいか分かりません。
働いている方であれば、厚生労働省「こころの耳」に働く人向けの電話・SNS・メール相談の窓口がまとまっています。職場に産業医や保健師がいる場合は、そちらにも相談できます。それ以外の方は「まもろうよ こころ」に、都道府県・政令指定都市の相談窓口の一覧があります。いずれもこの記事の最後にリンクを掲載しています。
まとめ|減らすのは、相手ではなく担当と距離です

- 職場は席も担当も決められているぶん、家庭より逃げ場が少なく、消耗が早く進みます
- 腹が立っていたのは相手にだけではなく、「周りが自分に任せてくること」にもでした
- 気づいたきっかけは体の変化。「その人と仕事をした日」に出ている、という形で記録されています
- とられていた工夫は、話す範囲を業務に限る・口頭ではなく文字にする、という距離の調整でした
- 上司に伝えるのは、相手の診断ではなく担当の配分です。これは1人で抱える種類の問題ではありません
本記事で紹介している一次情報について
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 情報の性質 | 一般社団法人 人間力認定協会「カサンドラ症候群に関するエピソード調査」より抜粋 |
| データ取得者 | 一般社団法人 人間力認定協会 |
| 調査期間 | 2022年11月〜2026年 |
| 有効回答数 | 36件。うち、職場の関係について書かれたものを本記事で扱っています |
| 設問 | 「どなたが発達障害ですか?」「ご自身がカサンドラ症候群だと気づいたきっかけは?」「あなたは相手に対しどのような点で強くストレスを感じていますか?」「相手との日々の関わり合いの中で工夫していることはありますか?」ほか |
| 分析方法 | 相手との関係で排他的に分類し、職場(上司・同僚・部下)だけを挙げた回答を抜き出しました。件数が少ないため、本記事では割合を算出していません |
| 注意点 | ※回答者は、当協会が認定する「児童発達支援士」の受講者に限られます。メンタルヘルス支援士の受講者を対象にしたものではありません |
| 注意点 | 相手に発達障害の診断があるかは、回答者の認識にもとづくものです。診断の有無を当協会が確認したものではありません |
| 注意点 | 体験談は、個人が特定されないよう一部の表現をぼかしています。内容は変えていません |
| 注意点 | 本記事は診断・治療を目的としたものではありません。特定の個人について発達障害の有無を判断するものでもありません |
【注意事項】
この記事は、公的機関が公開している資料と、当協会が収集した体験談を整理したものです。特定の個人について発達障害の有無を判断するものではなく、職場での対応の適否を決めるものでもありません。相手に診断がないまま「発達障害だ」と決めつけたり、本人の同意なく職場で話題にしたりすることは避けてください。症状が続いている場合は医療機関に、働き方に影響が出ている場合は産業医や社外の相談窓口にご相談ください。


